ソウル歴史博物館を訪問しました(森ゼミナール)



UPDATE 2024-04-28

私たち外国語学部(国際学部)森ゼミナールは、2024年2月15日(木)に韓国のソウル特別市鍾路区に位置するソウル歴史博物館を訪問しました。ここは時代別に4つのゾーンに分かれており、様々な展示を通して韓国のソウル市の約600年の歴史と文化を勉強できます。

 

Zone1:1392~1863 朝鮮王朝時代のソウル

第1ゾーンでは、1392年から1863年までの「朝鮮時代のソウル」が紹介されていました。朝鮮王朝建国後に太祖李成桂(イ・ソンゲ)が王都と定めた漢陽は二度の戦乱で大きな被害を受けましたが、復旧作業を経て朝鮮王朝後期に次第に繁栄していき、次第に漢陽は経済の中心地となり、同時に思想や学問、芸術が盛んな場所になったそうです。館内には、当時の漢陽の町並みや伝統工芸品、貴重な資料などが展示されており、当時の人々の暮らしをリアルに再現した大きな展示もありました。朝鮮王朝時代の人々の生活スタイルを感じられる空間でした。第1ゾーンの最後には、朝鮮王朝時代に漢江を従来した「黄布帆船」が再現されており、あまりの大きさに衝撃を受けました。

Zone2:1863~1910 開港と大韓帝国期のソウル

第2ゾーンでは、開港と大韓帝国期のソウルについて展示されていました。19世紀半ばから朝鮮半島は日本を始めとして世界列強に門戸を開くようになり、ソウルは伝統的な首都から近代的後市に変わっていきました。西洋風の建物が建てられ、道路が新設・拡張されたほか、路面電車が走るようになるなど新たなコンセプトや文物が導入されました。一方、自主的改革の一環として1897年に大韓帝国建国が宣布され、慶運宮(徳寿宮)は皇宮となり、大韓帝国の象徴である圜丘壇が建立されました。ソウルは、東洋的な伝統と西洋的な近代が共存する都市へと徐々に様変わりしていきました。

ゾーン2では、外国勢力が開港を求めるに従って、進歩的知識人たちが中国中心の世界観から脱却し成長しようとしている姿が展示されており、国全体が伝統的な考え方から少しずつ「近代」に染まっていく様子が表現されていました。また、西洋風の建物が建ち、路面電車が敷かれ、電柱や街灯が設置されるなど街の様子が変化し、現代的な街並みに少しずつ近づいている様子が展示物からわかりました。このような様子をこれまで見たことがなかった私たちにとってはとても印象的でした。

Zone3:1910~1945 日帝強占期のソウル

ゾーン3では、日帝強占期のソウルが展示されていました。日帝強占期とは韓国で使用されている用語であり、日本による朝鮮半島植民地支配期(1910~1945年の35年間)を指します。1910年に大韓帝国が日本に「併合」された後、ソウルは京畿道所属の京城府に格下げされました。当時、ソウルには植民地支配のための主要機関が集中的に建設され、1926年には景福宮内に天皇の直属機関である朝鮮総督府が建てられました。

この時代にもソウルは引き続き首都の役割を果たしながら急速な近代化が進みましたが、日本人中心に行政が運営され、日本人居住地である南村に経済や文化が集中するなど社会構造が大きく変化し、韓国人(朝鮮人)に対する社会的差別が恒常化しました。展示によると、人々は供出を強いられて財産を略奪され、軍隊や労役などに強制動員されたほか、民族性の抹殺を図る皇国臣民化政策によって精神的にも抑圧されたということです。

このゾーンの見学では、ソウルは伝統的な都市空間が絶えず改造され植民地支配しやすい都市へと再編が進む一方で、抗日運動・独立運動を行い民族文化を守るために努力を続けた人々の姿が描かれていたことが印象的でした。また、日本と韓国のこのような歴史を実際に資料や展示物で見ることで新たに衝撃を受けると同時に、日本による朝鮮半島植民地支配期は今後私たちが研究をするうえで忘れてはならないことだと感じました。

Zone4:1945~2010 大韓民国の首都ソウル

ゾーン4では1945~2010年代の大韓民国の首都であるソウルについての資料が展示されていました。1945年の植民地支配からの解放、朝鮮戦争時代のソウルの風景など、博物館でしか感じ取ることのできない当時の様子を知ることができました。さらに、1960年代から始まる国家主導の経済開発により急激に現代化へと進み、人口増加に伴いソウルは大きく拡大し、江南以南までソウル全域に都市基盤施設が整備されていった過程の写真や資料を閲覧しました。開発前の江南の写真は、現在の姿とは全く違うもので、このような経済開発が行われている際の都市の過密化や地域格差、環境汚染などの様々な問題が引き起っていたということが印象に残りました。

また、ソウル市民の流した汗が高度成長を支えた一方で、そのようなソウルの姿や暮らしは後に文化コンテンツの題材となっていったようです。巨大都市に成長したソウルは、1988年ソウルオリンピックを経ながら、1990年代からはミレニアム時代の幕開けとなり現代都市へと生まれ変わっていったようです。このような移り変わりを資料を通して学ぶことが出来ました。

今回のソウル歴史博物館の訪問を通して、現在のソウルが形成されるまでの過程を学ぶことができました。韓国に対する理解を、ソウルという首都が歩んだ歴史を通して深めることができた良い機会でした。

(摂南大学 外国語学部/国際学部 森ゼミナール 益田優笑・青山実由・石田みほり・夫馬涼葉)

韓国の映画専門誌出版社シネ21(씨네21)を訪問しました



UPDATE 2024-04-25

私たち外国語学部(国際学部)森ゼミナールは、2024年2月13日(火)に韓国ソウル市に位置する映画専門誌出版社シネ21社(韓国ソウル特別市永登浦区)を訪問しました。シネ21社は、批評のクオリティーが高いことで有名な映画評論雑誌『シネ21』を発行していています(web版はhttp://www.cine21.com/)。『シネ21』は映画専門誌ではありますが、映画評論だけでなく、ドラマやアニメーションへの特集や、俳優や脚本家へのインタビュー記事など様々な内容が掲載されています。訪問当日は、『シネ21』編集長のソン・ギョンウォン(송경원)さんにお話を伺いました。

ソン・ギョンウォン編集長は映画評論家としてデビュー後にシネ21社に入社し、映画批評専門記者となりました。事前に私たちからお送りした質問に、ソン編集長は準備してくださり、一つ一つ丁寧に答えてくださいました。

まず、私たちはK-POPとドラマ・映画の関連性について質問をしました。ソン編集長によると、昔はK-POPアイドルが俳優として演技することに対して批判的な意見が多く、評価されないことが多かったようです。しかし、現在はむしろアイドルを起用することによってヒットする作品があったり、K-POPアイドルのMV(ミュージックビデオ)を映画監督が作成したりすることも増えたそうです。最近では、ドラマや映画を視聴できるプラットフォームが多くなったことにより、アイドルや新人俳優が芸能界でブレイクするチャンスも高まりました。以前は、新人が出演する作品はホラー系の作品というのが一種の登竜門だったようですが、今はwebドラマへの起用もあるということでした。このような時代の変化によってK-POPアイドルに求められることが多くなったのも事実で、K-POPアイドルはただ歌って踊れるアイドル業だけでなく、俳優業やタレント力、更にプロデュース力までもが求められるようになったことも分かりました。これまではデビュー後に経験を積み重ねて得た能力が、今ではデビューの時点で求められているということを聞き、韓国の芸能界の厳しさを実感しました。

また、ソン編集長のお話から、ドラマや映画で人気アイドルを使ったからといって必ずヒットするわけではないことも知りました。韓国の視聴者は冷静にドラマや映画を観てSNS上で評価をするため、人気アイドルでも演技が下手では批判されてしまいます。そのため、アイドル業と俳優業を上手く使い分ける人が今の韓国芸能界に求められる人材だと仰っていました。

最後に、ソン編集長は現在のK-POP業界は「韓国のK-POP」ではなく、「世界のK-POP」を作ろうとしているとおっしゃいました。最近のK-POPアイドルでは、韓国人だけのグループは少なく、多国籍のメンバーを取り入れるなどグローバルな業界になっています。ソン編集長はK-POPの「K」は韓国ではなく、今や世界を指しているのではないかと指摘し、私(益田)はその意見に大きく共感しました。最近のK-POP音楽業界の方向性は、社会問題を取り上げるようになっており、ただ面白いだけではなく、意味のあるものを作り上げるようになったそうです。これはK-POPを始めとした音楽業界だけでなく、映画やドラマにも言えることで、社会的メッセージが込められていない作品は受け手(視聴者)に軽く感じられてしまうという傾向にあるそうです。一方で、映画やドラマだけでなくK-POPアイドル自体も数が多く作品がたくさん作られるため、社会的メッセージを込めたよい作品を作ったからといって必ずしもヒットするとは限らないというお話に、韓国芸能業界の現実を改めて認識しました。

今回、シネ21社を訪問して関係者にお会いし、媒体(メディア)の作り手という立場からのお話を伺えたことはとても貴重な経験となりました。ソン編集長は私たちゼミ学生の質問に1時間半ほど熱心に答えてくださるだけでなく、『シネ21』のバックナンバー数冊や特別版冊子などのプレゼントをたくさん用意してくださいました。

お忙しい中、私たちのために時間を作ってくださったソン編集長に心からお礼を申しあげます。ありがとうございました。

摂南大学 外国語学部(国際学部) 森ゼミナール 益田優笑

2023年度の海外インターンシップ(グアム)を実施しました!



UPDATE 2024-03-12

 春休み期間中の2024年2月11日(日)~22日(木)の計12日間にわたって、アメリカ合衆国の準州グアム(Guam)の有名なリゾートホテルHilton Guam Resort & Spaにおいてインターンシップ(就業体験)を実施しました。

 今回は国際学部の2年生4名と1年生3名の計7名が参加し、明るくフレンドリーな現地の正社員とともに英語を使いながらホテルの一連の業務を体験しました。例えば、Front Deskでは、チェックイン・チェックアウトの作業、予約、部屋の割り当て、領収書の確認、ルームキーの登録など仕事は多岐にわたったとのこと。また、House Keepingでは、部屋での清掃やベッドメイキング、アメニティの補充などを行いながら、チャットツールを通してフロントや各部屋で作業をしている従業員と連絡を取り合い、英語の専門用語も飛び交ったとのことです。

 帰国後、参加学生全員が仕事に対する意識が高まったと振り返るとともに、英会話を中心に語学力を向上させ、もっと円滑にコミュニケーションが取れるようになりたいという学習意欲をみせていました。さらに、中には卒業後にホテル関係の仕事に就きたいと思ったという学生もいました。これらはまさにインターンシップへの参加の意義が表れている感想だといえるでしょう。

(文責:国際学部教授 中島直嗣)

駐大阪大韓民国総領事館を訪問しました(森ゼミ)



UPDATE 2024-03-07

 2023年12月6日(水)に、国際学部/外国語学部森ゼミナール3年生は、駐大阪大韓民国総領事館を訪問しました。イ・ギョンチャン領事が出迎えて下さり、普段は領事館関係者しか使用できない階にある大会議室にゼミ一行を案内してくださいました。

 大会議室でイ領事は、領事館の機能と役割についてプレゼンテーションしてくださいました。領事館の業務は在外国民(同胞)の権益保護・各種申請業務(旅券や査証発給業務など)・日韓自治体交流推進業務・日韓文化交流業務・経済交流業務など多岐に渡っているとのことです。大阪コリアタウンの活性化を総領事館が後援していることも有名です。

 イ領事は、領事館業務の概略を説明してくださった後に日韓関係についてゼミ生と懇談する時間を設けてくださいました。ゼミ生は、ここ数年間の日韓関係の変化や若者による日韓交流の実態などについて質問しましたが、特に韓国ポップカルチャーが日韓関係に及ぼす影響について関心が集中しました。イ領事は「K-POPを始めとしたKカルチャーは、韓国国内で理解されているよりもはるかに大きな影響力を外国で持っている。この力には注目しつづける必要がある」と率直に答えてくださいました。ゼミ生の質問一つ一つに、熱意をもって丁寧に答えてくださり、一人一人と記念撮影までしてくださったイ領事の姿が印象的でした。

 懇談の後、イ領事の案内で旅券発行業務や査証(ビザ)業務、家族関係登録業務を行っている部署を見学しました。

 訪問終了後、ゼミ学生からは「領事館での業務をはじめ、行なっている活動や任務など様々なことを学ばせていただいた」「日韓関係を中心に領事の目線からお話を聞くことが出来たのはとても貴重で良い機会となった。これからの将来、良い日韓関係が続いてほしい」「領事の視点から見たK-POPについて聞くことができてよかった。K-POPは良好な日韓関係の構築に深く関わっているのだと今回のお話を聞き改めて思った」「日韓関係についてもっと知りたいと思うようになった」「領事館は、在日韓国人を守るとても大切な場所だと知る事ができた」という感想が寄せられました。

(文・写真 国際学部特任准教授 森類臣)

韓国語スピーチコンテスト「韓国語で話してみよう!」(스피치 콘테스트 ‘ 한국어로 이야기해요!’)を開催しました



UPDATE 2024-03-07

 2023年12月23日(金)4限に12号館1232教室で国際学部主催韓国語スピーチコンテスト「韓国語で話してみよう!」を開催しました。2022年度に本学で初めての韓国語スピーチコンテストを行って以来、2度目の開催となりました。

 今回は2022年度とは異なり、募集時からテーマを二つに分け、①「私にとって韓国語とは」、②「韓国の文化・社会について」というテーマでそれぞれ発表者を募集しました。

 当日は、テーマ①「私にとって韓国語とは」では、松下永愛さん(1年生)・Xie Tingyu(シャテイギョク)さん(1年生)・齋藤穂香さん(4年生)が発表しました。テーマ②「韓国の文化・社会について」では、小林菫さん(1年生)と松島珠侑(1年生)が発表しました。審査委員は沈明姫先生(本学非常勤講師)・北島由紀子先生(本学非常勤講師)・森が務めました。

 各学生とも流ちょうな韓国語を披露し、韓国語の学習が自信につながり人生を変えたこと、日韓の文化は似たようでも異なる興味深い点に気づいたことなど思い思いの内容を韓国語で発表しました。

 テーマ①では、齋藤さんが1位・松下さんとXie Tingyuさんが同点で2位となりました。また、テーマ②では、小林さんが1位となり、松島さんが2位となりました。入賞者は、2024年1月16日の「外国語学部・国際学部の各言語コンテストの表彰式および受賞者発表会」で表彰されました。

 発表を聞いた学生からは、「同年代の学生がここまで韓国語を上手に話すことに驚いた。自分も頑張りたい」など多くの感想が寄せられました。 

 韓国語スピーチコンテストは、2024年度も開催する予定です。多くの学生の参加を待っています。

(文・写真:国際学部特任准教授 森類臣)

ウトロ平和祈念館を訪問しました(森ゼミ)



UPDATE 2024-03-07

 私たち摂南大学外国語学部/国際学部の森ゼミナールは、2024年1月26日(金)に京都府宇治市伊勢田町ウトロにある「ウトロ平和祈念館」を訪れました。ウトロは、「1940年から日本政府が推進した『京都飛行場建設』に集められた在日朝鮮人労働者たちの飯場跡に形成された集落」(ウトロ平和祈念館ホームページ「ウトロ地区概要」より)で、ウトロの人々は劣悪な環境と過酷な差別の中で懸命に生き抜き、お互いに助け合いながら生活してきました。ウトロ平和祈念館ホームページには次のようなメッセージが掲載されています。

 

 ウトロは戦争の時代に形づくられた、日本社会から「置き去りにされた」朝鮮人のまちでした。しかし困難に直面しながら声を上げた人々と、ウトロに寄り添ってきた日本市民、在日コリアン、そして韓国市民が協力してウトロの歴史と居住権を守った歴史は日本と朝鮮半島が互いに理解を深めあい、力を合わせ、地域社会で「小さな統一」をつくることによって新しい社会と未来を築いていけることを示してくれています。(ウトロ祈念館ホームページ「ウトロ地区概要」から引用)

 

 ウトロ平和祈念館は、ウトロの歴史を後世に伝えることだけでなく、「ウトロで終わらないウトロの話」と掲げているように、ウトロを通して平和・人権に関心を広げていくことを目指しています。

 ウトロ平和祈念館に到着した後、まず副館長の金秀煥(キムスファン)さんから講話を聴きました。金副館長は、ウトロ地区の形成から現在に至るまでの歴史的変遷、ウトロ地区で生きる人々の境遇や心境、差別とヘイトクライム(特に、2019年に起こった「ウトロ地区放火事件」)、そしてウトロ平和祈念館が伝えたいメッセージについて熱心に語ってくださいました。金副館長のお話を通して、上下水道が近年まで整備されなかったことなど、私たちが想像できないような生活環境の中で暮らしてきたことなど、ひどい差別があったことを学びました。しかし、住民は希望を失わず、人間として当然のことを要求して諦めずに声を上げ続けたことや周辺住民の支援活動があったこと、韓国市民の声が韓国政府を動かしてウトロ支援に結びついたことなどについて学習しました。

 講話の後に平和祈念館の展示コーナーを案内していただきました。年表や当時の写真、住民の私物や韓国の楽器など様々なものが展示されていました。金副館長の説明と共にウトロ地区の形成から始まる展示パネルを見ることで、ウトロ地区の歩んだ歴史や、ウトロ地区で生きた人々の生活にリアルに感じることができました。

 平和祈念館の屋上にも案内していただきました。屋上からはウトロ地区が一望でき、実際に京都飛行場があった場所や住民の集落があった場所を自分の目で確かめることで、ウトロ地区を体感することができました。

 祈念館の展示を見た後、質疑応答の時間を持ちました。金副館長は私たちの質問に丁寧に答えてくださいました。差別の問題はもちろん、ウトロ地区を去った人々のこと、韓国ポップカルチャーブームがウトロ地区や住民、韓国にルーツを持つ人たちに対してどのような影響を与えているのかなどについて金副館長の見解をうかがいました。

 実際にウトロ地区に足を運んでみると、それまで抱いていたイメージが変わり、差別やヘイトクライム、歴史について深く考えさせられました。金秀煥副館長は、お話の中で何度も「かわいそうな他者ではなく、自分たちの問題としてとらえてほしい」とおっしゃっていました。私たちが知らない歴史、過酷な状況がウトロ地区のみならず、世界中の様々な場所であります。「知らない」「関係ない」と他人事にするのではなく、「私たちの社会で起きていること」と、まずは関心を持つことが大切だと感じました。私たちができることは、「学び、考え、伝える」ことであり、ゼミ活動や今回の学習を通して、私たちが学ぶ意味を再確認することができました。

お忙しい中、お時間を取っていただいた金秀煥副館長をはじめ、ウトロ平和祈念館の方々に心からお礼を申し上げます。

♢ウトロ平和祈念館HPは、以下のURLよりご覧ください。https://www.utoro.jp/

 (外国語学部/国際学部3年生 石田みほり)

 

한국어

우리 세쓰난대학교 외국어학부/국제학부 모리세미나는 2024년 1월 26일(금요일)에 교토부 우지시 이세다초의 우토로(京都府宇治市伊勢田町ウトロ)에 있는 우토로 평화기념관을 방문했습니다. 우토로 마을은 “1940년부터 일본 정부가 추진한 ‘교토 비행장 건설’에 동원된 조선인 노동자들의 함바 터에 형성된 마을”입니다(우토로 평화기념관 홈페이지 ‘우토로 마을 역사 이야기’에서 인용). 우토로 마을의 사람들은 열악한   환경과 과혹한 차별 속에서 열심히 살아와 계셨고 서로 도우면서 생활하셨습니다. 우토로 평화기념관 홈페이지에는 다음과 같은 메시지가 게재되고 있습니다.

 

“우토로는 전시에 형성된, 일본 사회로부터 「방치된」 조선인 마을이었습니다. 하지만 어려움에 직면하면서도 목소리를 높인 사람들과 우토로 곁을 지켜 온 일본 시민들, 재일코리안, 그리고 한국 시민들이 협력해서 우토로의 역사와 거주권을 지켜낸 역사는, 일본과 한반도가 서로 이해를 증진하고 힘을 합쳐, 지역 사회에서 「작은 통일」을 만듦으로써 새로운 사회와 미래를 만들어 나갈 수 있음을 보여주고 있습니다.”  (우토로 평화기념관 홈페이지 ‘우토로 마을 역사 이야기’ 에서 인용)

 

우토로 평화기념관은 우토로 마을의 역사를 후세에 전하는 것 뿐만 아니라, ‘우토로에서 끝나지 않는 우토로의 이야기’라고 홈페이지 전면에 쓰여 있는 듯이, 우토로를 통해서 평화 및 인권을 확대시키는 것을 지향하고 있습니다.

우리 모리세미나 일행이 우토로 평화기념관에 도착한 후, 김수환 부관장님께 특강을 들었습니다. 부관장님께서는 우토로 마을의 역사, 우토로 마을에 살고 있는 사람들의 상황과 심경, 차별과 증오 범죄(특히 2019년에 일어난 ‘우토로 마을 방화 사건’), 그리고 우토로 평화기념관에 담겨 있는 메시지에 대해 열심히 이야기해 주셨습니다. 부관장님의 말씀을 통해 최근까지 마을에는 상수도 및 하수도가 마련되지 않았다는 사실 등 우리 학생들이 상상할 수 없는 생활환경에서 우토로 마을 사람들은 살아왔다는 것, 심한 차별이 있었다는 것들을 알게 됐습니다. 그리고 주민들은 그런 상황 속에서도 희망을 잃지 않고 끝까지 포기하지 않고 목소리를 낸 것, 주변 일본 시민들의 지원이 있었던 것, 한국 시민의 목소리가 한국 정보를 움직이게 해서 정부 차원의 지원이 실현됐다는 점을 배웠습니다.

특강 후에 관장님께서는 평화기념관의 전시물을 안내해 주셨습니다. 역사 연표와 사진, 주민들이 쓰던 물건과 우토로 마을에서 사용된 민족 악기 등 다양한 것들이 전시되어 있었습니다. 부관장님의 설명과 함께 우토로 마을의 형성을 전시 패널을 봐서   우토로 마을 사람들이 걸어온 역사와 생활을 다각적으로 배울 수 있었습니다.

그리고 평화기념관 옥상까지 올라갔습니다. 옥상에서는 우토로 마을을 한눈에 볼 수 있었고, 실제로 교토 비행장이 있던 곳과 주민들의 거주 지역 등을 직접 파악할 수 있었습니다.

전시물을 본 다음에, 마지막으로 부관장님과 질의응답의 시간을 가졌습니다. 부관장님은 우리 학생들의 질문에 하나하나 대답해 주셨습니다. 우리는 차별 문제는 물론, 우토로 마을을 떠난 사람들의 상황, 그리고 최근 한국 대중문화의 유행이 우토로 마을과 주민들, 한국에 뿌리를 둔 사람들에게 어떤 영향을 미치는지 등 많은 것을 물어봤습니다.

실제로 우토로 마을를 방문해 보니 우리가 기존에 가지고 있던 이미지가 변하고 차별과 혐오범죄, 역사에 대해 다시 한번 깊이 생각하게 됐습니다. 부관장님께서는   “불쌍한 타자가 아니라 자기 자신의 문제로 받아들이고 생각해 주시면 좋겠다”고 몇 번   말씀하셨습니다. 우리가 모르는 역사, 상상조차 할 수 없는 상황이 우토로 마을뿐만 아니라 여러 곳에 있습니다. “모른다” “상관없다”고 남의 일로 생각하지 말고 ‘우리 사회에서 일어나는 일’이라고 먼저 관심을 두는 것이 중요하다고 느꼈습니다. 우리가 할 수 있는 일은 ‘배우고, 생각하고, 전하는 것’이며, 이번 특강과 견학을 통해 ‘우리가 배우는 의미’를 다시 한번 확인할 수 있었습니다.

바쁘신 와중에도 시간을 내주신 김수환 부관장님을 비롯한 우토로 평화기념관 관계자 여러분께 진심으로 감사드립니다.

 

♢우토로 평화기념관 홈페이지는 다음가 같은 URL입니다.

https://www.utoro.jp/

 

 (외국어학부/국제학부 3학년 이시다 미호리)

 

 

<English>

 

On January 26, we, the Mori Seminar of the Faculty of International Studies (the Faculty of Foreign Studies) of Setsunan University, visited the Utoro Peace Memorial Museum in the Utoro district of Iseda-cho, Uji City, Kyoto Prefecture. “Utoro began as the living quarters for ethnic Koreans, or Zainichi Chosenjin, mobilized for the “Kyoto Military Airport Construction Project” promoted by the Japanese Government beginning in 1940.”(Referenced from  ‘History of Utoro with Pictures’, the Utoro Peace Memorial Museum website)

The people of Utoro have lived hard in poor conditions and harsh discrimination, helping each other. The following message is posted on the website of Utoro Peace Memorial Museum.

 

“Utoro was formed during the war and was a town of ethnic Koreans “left behind” in Japanese society. However, its people, who faced such difficulties, rose to voice themselves, and they never gave up. Japanese supporters, Zainichi Koreans, citizens of South Korea, and many more stood with them to protect Utoro history and their residency rights. This proves that we, from different communities, can deepen mutual understandings and create “a small unification” to build a new society and future in solidarity.” (Referenced from  ‘History of Utoro with Pictures’, the Utoro Peace Memorial Museum website)

 

After arriving at Utoro Peace Memorial Museum, Mr. Kim Su Hwan, Deputy Director of the Utoro Peace Memorial Museum, gave us a lecture about Utoro. He enthusiastically talked about the historical changes of Utoro District, the circumstances and feelings of people living in Utoro District, discrimination and hate crimes (especially “Utoro District Arson Incident” in 2019), and the message that Utoro Peace Memorial Museum wanted to convey. Through his lecture, we learned that there was severe discrimination, such as the lack of water and sewage maintenance until recent years and living in environments that we could not imagine. We learned that the residents continued to raise their voices without losing hope and demanding what they deserved as a human being, that there were support activities from nearby residents, and that the voices of South Korean citizens led the South Korean government to support Utoro.

 

After Deputy Director Kim’s lecture, he guided us to the exhibition section of Peace Memorial Museum. In the section, there are various things such as chronological tables, a lot of photographs, personal belongings of residents and Korean musical instruments. While we were looking at the exhibition panels with his explanation, we were able to get a real touch on the history of Utoro District and the lives of Utoro people.

Deputy Director Kim also guided us to the rooftop of the Peace Memorial Museum. On the rooftop, we could have a panoramic view of the Utoro area. We saw where Kyoto Air Station was and where residents’ settlements were.
  After that, we had a question-and-answer session. We asked Deputy Director Kim issue of discrimination, those who left Utoro, and how the Korean pop culture boom is affecting Utoro. And he answered his opinion.

Through visiting the Utoro area, we have changed my previous image. And this experiment made us think deeply about discrimination, hate crimes and history. Deputy Director Kim repeatedly said “I hope that you understand Utoro as your problem, not as a poor others’ problem.”

There are histories and unimaginable situations that we do not know about, not only in Utoro but also in various places in Japan. We felt that it was important to pay attention to what is happening in our Japanese society in fact. We should not say “I don’t know.” or ” It’s not my business.” And what we can do is learn issues and share issues with others. Through this experience, we were able to reconfirm the meaning of what we have learned.

 

Finally, I would like to express my sincere gratitude to staff members of the Utoro Peace Memorial Museum, including Deputy Director Kim Su Hwan.

 

♢The Utoro Peace Memorial Museum website is as follows:

https://www.utoro.jp/

 

(Mihori Ishida, Student of Faculty of Foreign Studies/International Studies)

 

 

鄭雅英(チョン・アヨン)教授(立命館大学経営学部特別任用教授)のゲスト講義を開催しました!



UPDATE 2024-02-24

 森ゼミナールでは2023年12月5日(火)3限に立命館大学経営学部特別任用教授の鄭雅英先生をお迎えし、ゲスト講義を開催しました。当日は鄭先生に摂南大学寝屋川キャンパス7号館の教室へお越しいただきました。鄭先生は在日コリアンであり、海外コリアン事情について詳しい方です。鄭先生は現在、立命館大学経営学部で「朝鮮語」「東アジアと朝鮮半島」「平和人権フィールドスタディ」といった科目などを教えていらっしゃいます。

 鄭先生によると、現在日本には81万人の在日コリアンがおり、また中国には230万人、アメリカには260万人もの海外在住のコリアンがいるそうです。

 最も興味深かったのは、様々国に国境を越えた人的ネットワークがあるという話です。海外に住む人々は、家族がそれぞれ分かれて生活しているという例も少なくありません。しかし現代ではスマホなど通信媒体が充実しているため、別々で生活していても家族と意思疎通ができます。このような人たちは、トランスナショナル(transnational)な移動と社会の一歩先を歩んでいるとのことです。

 海外コリアンは、中国、ロシア、アメリカなどさまざまな国・地域で生活しています。過去の戦争などの影響で帰還を許されずそのまま住み続けた人たちも多くいると聞きました。加えて、韓国では就職難などが続き、海外へ移住してそこで就職して暮らす選択肢をとる人々もいるそうです。

 また、中国では、韓国ドラマ「星から来たあなた」の大ヒットをきっかけに、韓国のインスタントラーメンの代表である「辛ラーメン」の売り切れが続出したそうです。若い人たちでも韓国ファッションを真似したり、文化を好きになる気持ちに国境は関係ないのだとおっしゃったことが心に残りました。

 鄭先生のお話に対して、こうした海外コリアンの人々の中で故郷(故地)に戻った人はいるのかと質問したところ、中国では170万人のうち70万人が韓国へ戻ったとのことでした。また、アメリカでは朝鮮戦争による孤児が養子として在住していましたが、その方たちも親族を求めて大半が韓国へ戻ったそうです。

 以前より韓国ではジェンダー問題が強く意識されています。また競争社会のため、明るい未来を求め日本やアメリカ、オーストラリアなどで就職する方々もいるそうです。一見明るいように見える中で、こうした裏側で起こっている現実をよく見つめなくてはならないと考えさせられました。加えて、鄭先生は「韓国で起こっていることは、明日の日本」と仰っていました。今起こっている問題から目を背けるのではなく、自分たち一人一人が意識的に考え行動していかなくてはならないのだと思いました。

 今回のゲスト講義を通して、海外コリアンと韓国の現状について、より深いところまで知ることができました。とても貴重な時間になりました。これを機会に、韓国の歴史や文化の理解を深め、今後の研究へと繋げていきたいと思います。お忙しい中、足をお運びいただいた鄭雅英先生、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

(摂南大学外国語学部/国際学部 森ゼミナール 池上愛利)

 

ハノイで開催された国際学術会議「India in the New World Order after the Russia-Ukraine Crisis」に参加しました(森類臣)。



UPDATE 2024-02-24

 2023年9月7日に、ベトナム社会科学院の招請を受けてハノイで開かれた国際学術会議「India in the New World Order after the Russia-Ukraine Crisis」に参加しました。会議の主催はベトナム社会科学院インド西南アジア研究所(Vietnam Institute for Indian and Southwest Asian Studies, Vietnam Academy Of Social Sciences)です。

 会議のセッションⅠ「Impact of the Russia-Ukraine crisis and India’s policy」では、2021年から本格化した「ロシア・ウクライナ危機」後のインドの動向に第一の焦点が当てられていました。ベトナムは、外交上最も強固かつ重要な関係である「包括的戦略的パートナーシップ」を6か国と締結しており、インドはそのうちの一つです(他の5か国は中国・ロシア・韓国・米国・日本)。近年、ベトナムではインドの影響力に注目が集まっており、インド研究を行う研究者が増えているようです。

 また、セッションⅡ「Challenges of the Indo-Pacific region after the Russia-Ukraine crisis」では、ベトナム―インド関係に限らずアジア諸国の関係を幅広く議論しました。森准教授は「Analysis of Japan’s Policies for South / North Korea: With an emphasis on after the Russia-Ukraine Crisis」というタイトルの発表をし、日本の朝鮮半島政策(日韓関係と日朝関係)のうち近年の重要な事柄をいくつか取り上げ、現状分析を発表しました。

 会議には、ベトナム社会科学院所属研究者はもちろん、台湾・インドからも研究者が参加し発表しました。また、インド大使館および日本大使館の関係者や、諸外国での外交官経験があるベトナム外務省関係者なども参加しました。主催者側が述べたように、ロシア·ウクライナ危機後の新世界秩序について研究者と外交官が議論して各国の課題を考え、お互いの交流を深めていくことに会議の趣旨がおかれていました。

 会議では活発な質疑応答がなされ、また国際協力について意見交換がなされました。なお、当日の模様は、VTC Digital Television Networkで報道されました(下記URLがリンクとなっています)。

https://vtc.vn/an-do-trong-trat-tu-the-gioi-moi-sau-khung-hoang-nga-ukraine-ar818144.html

(国際学部特任准教授 森類臣)

外国語学部・国際学部の言語コンテスト表彰式を開催しました



UPDATE 2024-02-13

2024年1月16日(火)に、2023年度の外国語学部・国際学部の各言語コンテストの表彰式および受賞者発表会を行いました。今年度は、英語、スペイン語、中国語、韓国語のスピーチコンテスト(プレゼンコンテスト)および、スペイン語のレシテーションコンテストが行われ、各コンテストの入賞者が参加しました。式典では、はじめに西川学部長から激励の言葉が贈られ、上位入賞者に賞状・副賞が授与されました。その後、各賞の1位の学生による発表がそれぞれの言語で行われました。

 

スピーチコンテスト(英語) 3年生 山越歩 How the people around us are important

スピーチコンテスト(スペイン語) 3年生 松井ゆに Mi otra familia preciosa (私の大切なもう一つの家族)

プレゼンコンテスト(中国語) 3年生 宵志織 給人批評還是贊美(人を批判すべきか、それとも褒めるべきか)

スピーチコンテスト(韓国語・テーマ①) 4年生 齋藤穂香 私にとって韓国語とは

スピーチコンテスト(韓国語・テーマ②) 1年生 小林 菫 韓国の文化・社会について

 教員が多く集まる中、発表者は言語の巧みさのみならず、表現も豊かに見事な発表を行いました。多言語の発表を通して、外国語学部・国際学部の学びの多様さを改めて感じる場となり、生き生きとした発表を聞いて言語を学ぶ楽しさを再認識することができました。学生の皆さんのますますの健闘を期待します。

 (文:国際学部准教授 加来奈奈、写真:国際学部准教授 金子正徳)

2023年度「基礎ゼミナール成果発表会」を開催しました



UPDATE 2024-02-07

 2024年1月16日(火)に、2023年度の「基礎ゼミナール成果発表会」を行いました。

 国際学部1年生が受講する科目「基礎ゼミナール」では、1クラス15名程度に分かれ、それぞれのクラスで様々なテーマを設定して学習します。本発表会はその学習の内容や成果について共有し競い合うことを目的として行うもので、2023年度は14クラス約220名が参加する大きなイベントとなりました。本年度は会場を「第1会場」と「第2会場」の2つに分けて開催しました。

発表会当日は、各クラスの代表者が学習の成果を発表し、その内容やプレゼンテーションの力を競いました。聴講する学生や教員から発表内容に対する質問が出されると、発表者の学生は積極的に回答をしており、大学生になってからわずか1年間での優れた学習成果に、教員のみならず学生も感銘や刺激を受けたことでしょう。

審査は「基礎ゼミナール」を担当した国際学部教員が担当しました。審査の結果、入賞者は下記の通りに決定しました。入賞の学生には、賞状と副賞が授与されます。

 

[第1会場]

 優勝   村田早希さん

   テーマ:「怖」(ZINE)

 準優勝  西浦詩織さん

                テーマ:「食品ロス問題とその対策について」

 

[第2会場]

 優勝   シャ・テイギョクさん

   テーマ:「JAWA ~新しいファッションの発想~」

 準優勝  福井妃菜望さん

                テーマ:「猫の舞台裏」

 

第1会場の様子

第2会場の様子

 

(文:国際学部准教授 古矢篤史准教授、写真:同講師 小林基・大谷侑也)